時は永遠の旅人なり

日々の雑記から、趣味等を思いつくままに。
時は永遠の旅人なり TOP  >  スポンサー広告 >  歴史 >  幕末ではこの人が好き

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

幕末ではこの人が好き

今、大河ドラマでは坂本龍馬が主人公の『龍馬伝』が放送されている。

そして、坂本龍馬の師にあたる人。

この人が幕末の人物で好きです。

幕末屈指の政治家であり、優れた外交術、卓越した先見性の持ち主。


勝海舟


彼の主な業績――

咸臨丸による渡米・神戸海軍操練所・江戸城の無血開城・徳川家の名誉回復etc

この時代に勝海舟が幕府側にいなかったら、きっと日本の歴史は大きく変わったと思う。




もし、彼がオランダ語に、海に興味を示さなかったら――

きっと、佐久間象山島津斉彬坂本龍馬西郷隆盛etc

こういった人物と出逢う事はなかったはず。





もし、江戸城無血開城をせずに、徹底抗戦を貫いていたら――

戊辰戦争が長引き、国力の疲弊と優秀な人材の喪失。

そして、列強による植民地化が行なわれた可能性がある。

事実、維新政府側にはイギリスが、幕府側にはフランスが後ろ盾についていた。




幕末時代のエピソードは多くの人が知っているけど、意外と明治時代におけるエピソードを知っている人は少ない。

明治時代における勝海舟は、

徳川家の朝敵という汚名の返上や、旧幕臣たちの生活を助けていた。

例えば、徳川慶喜の明治天皇への拝謁、静岡にて茶畑を開墾に従事させるなど。

特に後者は、勝海舟の先見性を証明しているような気がする。

なぜなら、勝者であるはずの維新政府についた士族たちは生活に困窮していたからである。

その不平不満が爆発して、佐賀の乱から西南戦争までの一連の不平士族の叛乱へと繋がった。

だけど、旧幕臣がその叛乱に参加することはなかった。

きっと、勝海舟はこうなることを見越して、旧幕臣たちに手に職を取れるように努力していたのかもしれない。





あと、かなりユーモアのある人物だと思う。

例えば、明治政府からの爵位(子爵)の叙爵の際に――

今までは 人並の身と 思いしが 五尺に足らぬ四尺なりとは

といった歌を読んだそうです。

それを聞いた政府は慌てて、伯爵に格上げしたそうです。

四尺子爵と掛けているんですね(笑)




勝海舟の亡くなった時の最期の言葉は、最早至言といえると思います。


コレデオシマイ


作家の山田風太郎が「最高傑作」と評する最期の言葉です。

でも、この僅かな言葉だけでも、勝海舟が自分の人生に誇りを持っていることが伺えます。



自分の最期のときに、こんなカッコイイ台詞を言ってみたいものですね。
スポンサーサイト
[ 2010/02/20 21:28 ] 歴史 | TB(0) | CM(0)
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

プロフィール

allycs

Author:allycs
このブログの管理人です。
生まれは東京だが、現在は埼玉在住。
「明日の君と逢うために」スピンアウトでは、スキュラという名で作品を出させていただいています。
気が向いた時にでも、一読して戴ければ幸いです。

ガンダム名言録
検索フォーム
QRコード
QRコード
バナー
テレビアニメ「イクシオン サーガ DT」スペシャルサイト

『女の子と密室にいたら○○しちゃうかもしれない。』を応援中!

『恋騎士 Purely☆Kiss』を応援中!

『閃乱カグラ -少女達の真影-』オフィシャルサイト


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。