時は永遠の旅人なり

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歴史の真実が少しずつと

項羽放火の兵馬俑出土か 中国、発掘隊が分析 (引用元:産経ニュース)

蓁の始皇帝陵の一部である兵馬俑。

<<西楚の覇王>>と呼ばれた項羽の暴挙の一つして、始皇帝陵の破壊。

その焼け跡が発見されたということは、このことが真実になったということ。

こういう発見がされるというのが歴史のロマンを感じる。

上記で項羽の暴挙と書いたが、そこまでの非難されることでもないんだよな。

元来、蓁は蓁が滅ぼした六国(楚、斉、趙、魏、韓、燕)の人々から恨まれていた。

そのため、六国を滅ぼした始皇帝を恨んでいた。

項羽は六国の一つ楚の出身。

そういった恨み骨髄があったのだと思う。

ただ、先に咸陽へ入った劉邦(前漢の高祖)の行動と対比されたのも原因かな。



個人的には、一度兵馬俑を観光したいなと思っていたり。













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[ 2012/06/10 19:39 ] 歴史 | TB(0) | CM(1)

幕末ではこの人が好き

今、大河ドラマでは坂本龍馬が主人公の『龍馬伝』が放送されている。

そして、坂本龍馬の師にあたる人。

この人が幕末の人物で好きです。

幕末屈指の政治家であり、優れた外交術、卓越した先見性の持ち主。


勝海舟


彼の主な業績――

咸臨丸による渡米・神戸海軍操練所・江戸城の無血開城・徳川家の名誉回復etc

この時代に勝海舟が幕府側にいなかったら、きっと日本の歴史は大きく変わったと思う。




もし、彼がオランダ語に、海に興味を示さなかったら――

きっと、佐久間象山島津斉彬坂本龍馬西郷隆盛etc

こういった人物と出逢う事はなかったはず。





もし、江戸城無血開城をせずに、徹底抗戦を貫いていたら――

戊辰戦争が長引き、国力の疲弊と優秀な人材の喪失。

そして、列強による植民地化が行なわれた可能性がある。

事実、維新政府側にはイギリスが、幕府側にはフランスが後ろ盾についていた。




幕末時代のエピソードは多くの人が知っているけど、意外と明治時代におけるエピソードを知っている人は少ない。

明治時代における勝海舟は、

徳川家の朝敵という汚名の返上や、旧幕臣たちの生活を助けていた。

例えば、徳川慶喜の明治天皇への拝謁、静岡にて茶畑を開墾に従事させるなど。

特に後者は、勝海舟の先見性を証明しているような気がする。

なぜなら、勝者であるはずの維新政府についた士族たちは生活に困窮していたからである。

その不平不満が爆発して、佐賀の乱から西南戦争までの一連の不平士族の叛乱へと繋がった。

だけど、旧幕臣がその叛乱に参加することはなかった。

きっと、勝海舟はこうなることを見越して、旧幕臣たちに手に職を取れるように努力していたのかもしれない。





あと、かなりユーモアのある人物だと思う。

例えば、明治政府からの爵位(子爵)の叙爵の際に――

今までは 人並の身と 思いしが 五尺に足らぬ四尺なりとは

といった歌を読んだそうです。

それを聞いた政府は慌てて、伯爵に格上げしたそうです。

四尺子爵と掛けているんですね(笑)




勝海舟の亡くなった時の最期の言葉は、最早至言といえると思います。


コレデオシマイ


作家の山田風太郎が「最高傑作」と評する最期の言葉です。

でも、この僅かな言葉だけでも、勝海舟が自分の人生に誇りを持っていることが伺えます。



自分の最期のときに、こんなカッコイイ台詞を言ってみたいものですね。
[ 2010/02/20 21:28 ] 歴史 | TB(0) | CM(0)

意外と知られていない事実

ここで問題です。
鎌倉幕府の将軍は何人いるでしょうか?





















正解は――




九人です



1.源頼朝
2.源頼家
3.源実朝
4.藤原頼経
5.藤原頼嗣
6.宗尊親王
7.惟康親王
8.久明親王
9.守邦親王

になります。

多くの人が歴史の授業で習うのが、三代目の源実朝までだと思います。
その後、鎌倉幕府の将軍がどうなったのか教えれくれません。
事実、自分の学生時代に、一度も教わった事がありません。

ということで、鎌倉幕府の政治形態は――
政治の実権は、執権の北条氏が握り、
将軍職は名目上のもの、つまりはお飾りの役職です。
そのため、三代目以降、将軍となるのは、
皇族若しくは貴族といった血筋の人物が就任しています。

なぜ、彼らが将軍になったのかというと――
北条氏が、有力御家人を抑えるために、高貴な血統が必要になったからです。
そもそも、源氏自体が高貴な血統で、清和天皇の血統を引いています。
一方で執権の北条氏は、伊豆地方の土着豪族であるため、血筋がよくありません。
だからこそ北条氏は、高貴な血統が必要となったのです。


そんな将軍であるため、歴史の授業で教える必要がなくなってしまったのかもしれません。




[ 2009/09/04 20:48 ] 歴史 | TB(0) | CM(1)
プロフィール

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Author:allycs
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生まれは東京だが、現在は埼玉在住。
「明日の君と逢うために」スピンアウトでは、スキュラという名で作品を出させていただいています。
気が向いた時にでも、一読して戴ければ幸いです。

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